醜い竹の子論 Ⅱ

好きな科目は地理。将来グローバル化させた家庭科の授業をする事が目標。

みにぶらり 太宰府 #2

こんにちは。

 

さて、お久しぶりのみにぶらり。

 

私が福岡県内を小規模ながら旅するって企画です。

 

昨日は5/29に参りました。

 

実は、太宰府は3度目。

 

目的はと言いますと、此方の絵画です。

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ゴッホの「日没を背に種まく人」。

 

とても素敵な絵ですよね。

 

西洋画と日本の浮世絵のコラボについつい惚れ惚れとしてしまいます。

 

此方の絵画が、太宰府九州国立博物館「至上の印象派展」との展覧会にて展示されているのです。

 

さあ、参りましょう。

 

電車に揺られること約40分。

 

着きましたよ。

 

太宰府

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素敵ですね。
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さて、早速太宰府名物「梅ヶ枝餅」を此方のお店で買いたいと思います。
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買いました。

 

指細!!

 

120円です。

 

おいしい。
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此方がかの有名な太宰府天満宮の鳥居です。

 

学問の神様が祀られているようです。

 

つい最近では櫻井翔が来たとか報じられましたね。

 

しかしながら、ここは安定のスルーで。

 

浪人生らしからず。
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先ほどの鳥居前を右に曲がり…
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また餅屋がありましたので、再び梅ヶ枝餅買っちゃいました。

 

大変お優しい叔母様に「焼きたては如何かい?」と言われましたので、「はい。」と答えました。
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56分待ってますと、JUJUと美味しそうな音が聞こえてきました。
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さて、頂きます。

 

おいしい。

 

それにしても食べすぎじゃね?って思ったそこの貴方。
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これ登るんで心配しないでください。

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さあ着きましたよ。

 

九州国立博物館
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チケット買って…
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来た来た。

 

それでは突入!!

 

展示されている絵画の中には撮影okだった絵画もございましたので、撮影した絵画を皆様と共有致したく存じます。

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此方は、ルノワールの「イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢」。f:id:mntk1105:20180530210245j:image

で、此方はマネの「睡蓮の池、緑の反映」。

 

どちらも素敵ですよね。

 

因みに、私が展示されている絵画の中で一番気に入りました作品が此方。

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マネの「オリエンタル風の衣装をまとった若い女」です。

 

やっぱマネ好きだわとこの絵を見た瞬間確信致しました。

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美術を堪能した後は、帰るに越したことありません。
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だざいふ遊園地怖。
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此方は落ち着いた景色です。
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太宰府さよなら。
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の前に、もう一つもぐもぐ。

そして、帰りました。

 

さて、旅の感想なのですが、楽しかったですよ。

 

久留米とは違って、好きなマネでありましたりゴッホでありましたりの絵をそれも本物を堪能できましたので。

 

趣味としてこれからも美術館巡りを堪能致したく存じております。

 

 

 

 

 

お人柄には嫉妬しない。

今晩は。

 

嫉妬研究家です。

 

最近面白い事に気が付きましたので、ここにご報告させてください。

 

結論から申し上げます。

 

実は…

 

人は…

 

最低でも私は…

 

お人柄には嫉妬しないのです!!

 

そうなのです。

 

って言いますのも聞いてください。

 

ずっと言っておりましたが、私は女子アナが大好きです。

 

NHK近江友里恵さんに、夏目三久さん。フジテレビは生野陽子さんにテレ東大江麻理子様。

 

皆さんお綺麗で、早稲田であったり東京外大であったりの所謂良いところの大学を出られており、その上キャリアも順調に築かれておいでです。

 

私はそれら全部含めてその方々の事が大好きなのです。

 

これって面白い事ですよね。

 

だってお綺麗で、高学歴で、尚且つお仕事できてって、嫉妬深い私の恰好の嫉妬対象じゃないですか。

 

しかし、嫉妬しなかったどころか寧ろ逆にその輝かしい所が大好きなのです。

 

しかしです!!!

 

これまた面白いお話なのですが…

 

新人アナウンサーたる人には超絶嫉妬しちゃうのです!!

 

綺麗で…可愛くて…またはイケメンで…高学歴で…テレビ局就職出来てて…。

 

最高に嫉妬しちゃうのです。

 

ここで一つ好例となりますアナウンサーをご紹介させてください。

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フジテレビは宮司愛海アナウンサーです。

 

彼女は2015年度に入社されました。

 

その当時、宮司アナに対しちょっとだけ嫉妬したことを覚えております。

 

早稲田卒で…可愛くって…チヤホヤされてそうで…

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この時ですよ。

 

そんな彼女も入社4年目。

 

今となってはフジテレビのスポーツアナはエースとして活躍されておいでです。

 

そんな彼女の事が、気づけば本気で好きになっていたのです。

 

ファンになっていたのです。

 

決して強がっているわけではございません。

 

しかしながら、新人の時に見た宮司アナウンサーと今見ている宮司アナウンサーと、一体何が違うのでしょう。

 

宮司アナは私と同じ福岡ご出身でして、アナウンス能力の面でも実力があり、お声も自分だけのキュートなお声をされてまして性格に関してもはっきりとされててあのさま〜ずのお二人を前にされましても毅然と振舞われて…。

 

そうなのです。

 

私は、宮司アナのお人柄を知ってしまったのです。

 

もっと言えば、そのお人柄を好きになっていたのです。

 

それにより宮司アナへ嫉妬心がいつのまにか好意にへと変わっていたのです。

 

その事にさっき風呂で気づきました。

 

でも振り返ってみれば、嫉妬していたのは、いつでも私の知らない人でした。

 

知らない無名イケメン俳優。

 

知らない売り出し中の可愛いアイドル。

 

知らないふとインタビューでテレビ映ってたイケメン大学生。

 

天神で一瞬すれ違った知らないイケメン。

 

イケメンが恋愛対象なのにも関わらず最近は何故か専らイケメンばかりに嫉妬しちゃってました。

 

この前も山口達也メンバーの記者会見でマイク持って取材していた記者が良くは見えませんでしたがなんかすげーイケメンそうでテレビの前で嫉妬していました。

 

しかし、カメラがその記者を捉えた所、その記者がTBSの赤荻アナウンサーだった事が分かったのです。

 

その瞬間嫉妬がサーと消えていきましたね。

 

ていうのも、赤荻アナウンサーの真面目でいてお茶目な所もあるお人柄を知っていて、そのお人柄をも含めて好きな人だったからです。

 

この様にいつも決まって知らない人に対して嫉妬してしまっていたのです。

 

これらは全てお人柄を知らない事が原因でしたね。

 

逆に超有名なイケメン俳優、例えば山崎賢人くんだとか坂口健太郎くんだとかには一切嫉妬しないのです。

 

こちらもやはりお二方のステキなお人柄を知っているからだと説明がつきます。

 

キャーキャー騒がれている姿を見て、逆に清々しくすらあります。

 

皆様もいくら大人気だからといって国民的アイドルグループ嵐には嫉妬しないでしょう。

 

どうでしょう。

 

以上の様に、嫉妬しちゃうって実はその対象の人を大好きになれるポテンシャルを盛大に秘めている事を示しているとも言えるのです。

 

大好きレーダー❤️

 

だって、まずはその人の表面上での良い面を見聞きし知っちゃった訳ですから。

 

後はお人柄を知るのみです。

 

お人柄が好きだったら、その人の事を大好きになれます。

 

逆にお人柄が嫌いでも、最早その人の事をわざわざ嫉妬する事は無くなるでしょう。

 

勿論多様な価値観のある中で、嫉妬しちゃう対象の人も人によって異なります。

 

よって、以上の事が全ての人に当てはまる訳では無い事は承知しております。

 

しかしながら、私はこの考え方のお陰で嫉妬から解放され、かなり楽になれました。

 

嫉妬しちゃう人が出てきてしまいましたら、これからはその人のお人柄にまで注目してみたく存じます。

 

大好きになれるのかもしれないのです。

嫉妬をブチ消す程良い方法。

まず、質問です。

 

あなたを動物に例えるのならば、何に例えますか?

 

私はですね、中学1年生の時でしょうか、近所のおじちゃん宅へ遊びに行った時の事です。

 

部屋には鏡がぶら下がっており、そこに映った自分の顔を見た時、「子牛」みたいだと思えたのです。

 

今でも鮮明に憶えてます。

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性格面でも、穏やかで優しくて、何処か天然ですげー癒し要素がありますので、やはり「子牛」似なのです。

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それでは、本題へ参りましょう。

 

先程、TBSは「オールスター感謝祭」にて、ちらりと青学駅伝部の皆様にお目にかかりました。

 

いつもの私でしたら、強烈な嫉妬心、劣等感で今すぐにでも死にたくなるのですが、その瞬間こう思ってみたのです。

 

彼らは足の速い「ヒョウ」だ。

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あら不思議。

 

死にたいとまでに思わせた先程の強烈な嫉妬心がみるみるうちに消えていくのです。

 

だって、子牛とヒョウは「質的」に違いますもの。

 

比べようのありません。

 

皆さんはもしかしてヒョウの肉をも食べたいでしょうか?

 

いや、それならば仔牛肉を食べたいはずです。

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逆に子牛に速く走れと言われましてもそれは無理なお話しです。

 

おや、そこにイケメン美女カップルが何やら花束なんか渡していい感じの雰囲気ですよ。

 

いつもの私でしたら、強烈な嫉妬心、劣等感で今すぐにでも死にたくなるのですが、その瞬間こう思ってみるのです。

 

かわいい「リス」が交流してる。

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あら不思議。

死にたいとまでに思わせた先程の強烈な嫉妬心がみるみるうちに消えていくのです。

 

だって子牛とリスは「質的」に違いますもの。

 

比べようのありません。

 

リスのルックスに癒される方のいる一方で、子牛のルックスに癒される方も絶対に少数でも一定数はいるはずです。

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おやおや、そこに東大生がいますよ。

 

いつもの私でしたら、強烈な嫉妬心、劣等感で今すぐにでも死にたくなるのですが、その瞬間こう思ってみるのです。

 

賢い「猿」だな。

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あら不思議。

 

死にたいとまでに思わせた先程の強烈な嫉妬心がみるみるうちに消えていくのです。

 

だって子牛と猿は「質的」に違いますもの。

比べようのありません。

 

猿は猿で頭使って生きていきます。子牛は子牛で…地に足つけてゆっくり生きていくね。

 

おやおやおや、そこに大変タチの悪い皆に愛されてそうなお顔の整った大阪府立大学生がいますよ。

 

これは大変にタチが悪いです。

 

よって、いつも以上に強烈な嫉妬心、劣等感で即死したくなるのですが、その瞬間こう思ってみるのです。

 

なんか知らないけど「ベルーガ 」がいる。

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あら不思議。

死にたいとまでに思わせた先程の強烈な嫉妬心がみるみるうちに消えていくのです。

 

だって子牛とベルーガは「質的」に違いますもの。

 

比べようのありません。

 

ベルーガベルーガとして幸せですよ。それと同じ様に子牛は子牛として…ね…幸せになってやるよ。

 

これらのインスピレーションは松下幸之助の御本「道をひらく」はこちらの文章から得ました。

 

本領を生かす

 

松の木に桜の花を求めるのはムリ。牛に馬のいななきを求めるのもムリ。松は松。桜は桜。牛は牛であり馬は馬である。つまりこの大自然はすべて個々には完全無欠でなくとも、それぞれの適性のなかでその本領を生かし、たがいに与え与えられつつ、大きな調和のなかに美とゆたかさを生み出しているのである。

 

一言で言えば「牛はモーで馬はヒヒン」。

 

この文を読んだ時、自分の適性とは何なのか。自分の本領とは何なのかと本気で考えました。

 

自分を卑下する事が習慣となってる自分にとっては大変難しい問題なのです。

 

考えついた言葉は「優しい」とか「面倒見が良い」とかいうありきたりでかつ裏を返せば幾らとでも否定的な言葉に変換出来そうな言葉でした。

 

しかしながら、その「優しさ」を大切にできたのならば如何に豊かか。

 

その「面倒見の良さ」を伸ばすことが出来れば如何に強い武器となるか。

 

そして、そんな自分の良さを、それらを持ち得た自分の事をほんのちょっとだけ大切にしたい、労わってあげたいと思えたのです。

 

やっと「質的」に存在する自分を見つけられたのです。

 

人を量で見るから誰かと比べてしまい、そして、無駄に辛くなってしまう。

 

質で見た時、私は私でしかなかったのです。

 

それは絶対的な自分。

 

絶対の例示が先程のかわいらしい動物ちゃんたち。

 

動物ちゃんたちと同じ様に比べられないのは考え方次第では実は人間でも同じ事の様なのです。

 

自分の適性のある分野で社会に貢献し、適性のない分野は他の人に任せる。

 

嫉妬のいらないシンプルすぎる生き方に、それは真理にこの様にして辿り着きました。

 

これからは、自分を知り、そして自分の良さをもっと伸ばし、それを用いてこの社会に貢献できる様尽力していきたいと思っております。

 

子牛には子牛の本領が必ずあるのです。

 

 

今虚空

落とされました。

 

大学受験。

 

コクンと頷けた時、受験を舐めていたことをこの上なく気づき得ました。

 

舐めていました。

 

そして、浪人をすることとなりました。

 

不合格を知った瞬間、まずは部屋中を歩き回るのです。

 

でも、何も変わらない。

 

次に布団に崩れるのです。

 

私はそこで、唯一信頼できる母のことを思いました。

 

泣きましたね。

 

でも、面白いのはここから。

 

次に、自分が元から不幸であったことを思い出すのです。

 

その時、パッと切り替わりました。

 

よく考えれば元から不幸だったのです。

 

別に何かを新たに失った訳ではなかったのです。

 

逆に、また受験出来るチャンスがある事に有り難くすら思えてきました。

 

このチャンスはもう無駄にしたくない。

 

落とされた時のあの一瞬の絶望を忘れずに、また勉強を再開させます。

 

いや、もうしてます。

 

それにしても、幸せな人は益々幸せになっていく。

 

それと同様、不幸な人は益々不幸になっていく。

 

興味深い比例法則です。

 

そんな現実を前に、もう死んでもいいかも、と心の何処かで思えてくるのです。

 

とんでもなく幸せそうな人が現に生きている一方、どこまでも落ちた不幸な人間もいる。

 

どこまでも落ちた私には、その幸せな人を見て、嫉妬することしか出来ない。

 

実は、結構疲れています。

 

しんどいのです。

 

そんな状況を打開できるのは努力だけだと、その事はもう既に知り得ています。

 

だからこそまた勉強をしているのです。

 

はあ。

 

死んでもよさそう。

 

死にたいと心の底から切望している訳ではありません。

 

死んでもよさそうな気がするだけなのです。

 

逆に言えば、別に生きている必要が無いのです。

 

今書いたこの言葉、凄くしっくりきました。

 

生きている必要が無い。

 

皆、何のために生きているのでしょう。

 

子供染みた考えです。

 

でも、私が嫉妬したあの人は、何のために生きているのか。

 

その人はただ単に生きています。

 

でも、それは真剣に生きていたのです。

 

確かに生まれ持ったものに違いはあります。

 

しかし、その人は、生まれ持った自分の良さを、そして、その上で培ってきたものを活かしながら、自分の人生を丁寧に、そしてエネルギッシュに創造していたのです。

 

結果、それがその人の幸せに、名誉に繋がったのです。

 

人は幸せになるため生きている。

 

よく聞く文です。

 

でも、大事なことって、その為にこの今この一瞬を如何にデザインできたかっていう事なんだと思います。

 

それが本質なんだと思われます。

 

あの人は、今を生きていたのです。

 

今を幸せにしていたのです。

 

究極今の為に生きていたのです。

 

確かに、私はいつからか今を生きていませんでした。

 

高校も無事に卒業はしましたが、それは大学へ行く為の飽くまで事務的過程としてしか捉えられませんでした。

 

思い出なんて一つもありません。

 

その分か、将来には生きる意義をそれも存分に見出していました。

 

大学生になったら…家庭科の先生になったら…と。

 

将来にやりたい事はたくさんあるのです。

 

でも、肝心のこの今この瞬間にしたい事は何もなかった。

 

生きている必要が無い。

 

正確に言えば「今」生きている必要が無い。

 

しっくりくる訳です。

 

これからあと一年。

 

変な言い方をすれば、浪人生として過ごす初めての一年になります。

 

どうしても将来に息をしてしまいそうなのですが、そんな将来を充実させるべく、この「今」この「瞬間」を充実させるべく、この「今」この「瞬間」に生きる。

 

そんな一年にしたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明日の神様。

国立大学二次試験が2月25日にありました。

 

合格発表が3月6日にあります。

 

明日です。

 

9日間間が空いた訳なのですが、振り返れば同じ様な日々を只々食べ物を消化するかの如く徒らに過ごしておりました。

 

が、常に安定した心境では無かったんです。

 

初期症状。

 

二次試験終わり…。

 

1つ1つの間違えに感情的に囚われる。

 

落ちた事を確信する。

 

中期症状。

 

現状を論理的に把握し始める。

 

二次試験の配点を勝手に考え、そこからどの程度減点をしてしまったのかを計算し、そして、ライバルたちのミス、センターでの順位をも考慮した上で、ライバルたちとの差を算出する。

 

ハーフハーフで受かりそうな気もする。

 

末期症状。

 

発狂する。

 

布団の上で暴れまわる。

 

センターリサーチに登場していなかった私よりもセンター点数の高い想像上の相手に「なんでお前が来たんだよ。」と恨み言を言いながら壁を殴る。

 

センターリサーチで下位だったライバルたちの自己採点が、実は嘘で、本当はすげー高得点だった事に人間不信に陥る。

 

でも滴り落ちない涙を嘲笑う。

 

疲れる。

 

冷静になる。

 

落ちた時の第一声は「はは!知ってた!」と笑う事に決める。

 

そして、即座にアルバイトに応募する。

 

イタリアンがいい。

 

有料自習室に4月から通うことにする。

 

せっかく1年間浪人するのだから苦手な英語ではなく、興味関心の高いフランス語を馬鹿みたいに勉強してセンターフランス語で140点くらい取ってやろうって決心する。

 

その為にフランス語の文法書、単語帳を入念に調べあげる。

 

その1年間は囚人、いやなんかの奴隷として生きていくことにする。

 

「笑顔なんて忘れた。」

 

どっかのアニメキャラクターの臭い名台詞を吐き捨てる。

 

最早どこまでも臭くないと、1年間やってられない。

 

そんなこんなの決心を積み重ねている内に、いつのまにか覚悟ができてた。

 

案外決められるものだ。

 

この9日間ってなんの為にあるんだろうって思ってました。

 

受験生にとって。

 

それは、各々においてそれなりの覚悟を決める為にあるのかもしれません。

 

受かろうが落ちようが漏れなく用意されている次の1年間への展望を具体的に思い描く為にあるのかもしれません。

 

いろんなコースを辿りながらも。

 

そんな中、正直受かってそうだと思ってしまう今日に涙の一粒も出せなかった哀れな自分もいるのです。

 

明日の神様。

 

どうぞそんな自分を殺してやってください。

 

負けた自分に微塵の慈悲などいりません。

 

覚悟は出来ております。

 

もうなんとでもいってください。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初めて自分を信じてみる。

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コメダ珈琲シロノワールです。

 

こんなに可愛いデザートですら魅力的に映えさせることのできない我撮影能力たるや。

 

ちなみに、シワノロールでは御座いません。

 

シワノロールというと店員さんの笑顔が見られます。

 

それにしても、二次試験を終えた後の糖分は格別すぎ。

 

ほんの一瞬だけ解放されました。

 

しかし、帰宅したその途端…

 

この問題はこう答えるべきだったのではないか…

 

ここで50点近く差を付けられたのではないか…

 

なんでこう書けなかったんだろう…

 

油断してた…

 

吐き気を催しました。

 

合格率、肌感覚で40パーセント代と見ております。

 

合格発表が3月の6日に御座います。

 

この1週間…。

 

お腹のキューとした張りを緩める暇すらなさそうで、今より絶望致しております。

 

だって、はい後1年間頑張ってください、だなんて残酷な事を言われる準備をしているようなものなのですよ。

 

お酒に溺れてみたくもなります。

 

しかし、二次試験において、ちょっとした嬉しかった事も御座いました。

 

家庭科の先生になるべく勉強する学部を目指しております。

 

男子は僕だけだと、周りの生徒から見られる覚悟を決めて教室内に入ったのですが、なんと私の席の斜め前に、別の男子がいたのです。

 

小柄で私服でしたので、最初は中性的な女子を疑いました。

 

しかし、咳の声の低く、やはり男子でした。

 

試験終了後、お手洗いで彼とすれ違ったのですが、なんだか子熊みたいで可愛らしい男子だったのです。

 

そんな彼が、将来の職に中学校か高校の家庭科教諭を選んだ訳です。

 

自分がそうであるにもかかわらず、なんだか彼は確固たる自分を持てているんだなぁとの感慨に浸ってしまい、ついつい喜んでしまいました。

 

だって、男子が家庭科教諭を目指すだなんて、それなりの動機、意思、信念がないと考えられません。

 

女性中心の、否、最早女性しかいないような世界に自ずから飛び込んで行く訳ですから。

 

周りに安易に流されてるようじゃ思ってもられません。

 

本当に変なお話なのですが、そのように、一本のブレない芯を自分に通せている彼の事が、凄く羨ましくなりました。

 

それと同時に、そんな彼と一緒に家庭科を学びたいとも心の奥深くから思えた自分もおりました。

 

聞いてみたいことは山ほど御座います。

 

いつ家庭科に目覚めたのか…

 

どの分野に魅了されたのか…

 

理系で、栄養学を専門に学ぶことを志望しているのかもしれない。

 

世界史が大好きで、そんな中服飾史に興味を抱いたのかもしれない。

 

只々純粋にオシャレが好きなのかもしれない。

 

私と同じく、フェアトレードであったり、オーガニックコットン、児童労働であったりの所謂持続可能な社会形成のための教育に関心を持っていたりして。

 

生活力を高めていきたいとの思いもありそうです。

 

気持ち悪いと自覚致しております。

 

でも、彼に対する関心は薄れることのなさそうです。

 

家庭科を一緒に勉強してみたい…

 

一緒に受かりたい!!と思えました。

 

もう、自分を信じます。

 

解答できていた部分もある自分を信じてあげます。

 

彼とともに受かっていることも信じます。

 

そうでないと、この1週間、持ち得ません。

 

自分ではどうする事も出来ない、 自分ではもう何も変えられない。

 

相当な根拠がなくとも自分を信じてあげることが出来る=自信を持つための、良い練習期間ではありませんか。 

 

故に、私は受かると思います。

 

わたしのしめい。

マックで家庭科を勉強致しております。

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二次試験に出るんですよ。

 

過去問を見てみますと…

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環境分野から…

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離乳食の進め方から…

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栄養学の分野まで…

 

本当に幅広い家庭科の知識が問われていました。

 

実は、家庭科と本気でぶつかるのは、4年前、家庭総合の必履修単位を取る為の勉強からそれ以来です。

 

それから家庭科とは離れきっておりました。

 

で、その結果こないだまで浮気しちゃってたって訳です。

 

地理が好きとかいって。

 

でも、今は自信をもって言えます。

 

「僕は、家庭科が好きだ。」

 

因みに、こんな学習をしております。

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インディカ種…

 

老化(β化)…

 

アミロース

 

これらの言葉に最高に興奮しちゃったのです。

 

正直良かったってなっちゃいましたね。

 

家庭科で興奮できて…。

 

ずっと家庭科の何が良かったんだろう、何故家庭科の先生なんだろう、だなんて思っていて、意志がブレブレでしたので。

 

やっぱり僕は家庭科なんだと。

 

そして、前回のブログでも書きました、「家庭科のグローバル化」。

 

こちらの重要性も再確認する事ができました。

 

特に、地球規模に立った家庭科学習においては「環境」が大変重要なテーマになります。

 

食分野では余りにエコでない「食品ロス」について考え、対策を検討し、そして実践します。

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住分野でも「環境共生住宅」の仕組みを調査し、学習します。

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この様に自分だけでなく、他者をも配慮した所謂自立した消費者になる為に必要な嗜み、振る舞いを家庭科では分野別にそして総合的に学べるのです。

 

そんな家庭科が好きなのです。

 

そこで、新たな目標ができました。

 

今までは家庭科の中でも自分の専門分野を食分野にしようかな…保育分野も大切だな…被服分野も捨てがたい…とかいって悩んでおりました。

 

「家庭科教育学」を専攻するって目標です。

 

実際にその分野は存在してあります。

 

せっかく(合格すれば)教育学部で家庭科を学ぶのですから、家庭科教育のプロでありたい、いやそうでなくてはならないと思ったのです。

 

全ては自立した消費者育成のため。

 

持続可能な社会形成のため。 

 

そして何より生徒の笑顔のために…。

 

今日、大学の二次試験の出願が締め切られます。

 

大学のホームページに掲載されている出願状況を確認してみましたところ、志望者数が模試であったり、リサーチであったりの時と変わりない数字でした。

 

これで凄い人数が増えていたらどうしようかと不安だったのですが、杞憂に終わった模様です。 

 

これは追い風なんです。

 

死ぬほど家庭科勉強してやるよ。