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醜い竹の子論 Ⅱ

日本美術、西洋美術に関心が御座います。アナウンサー大好きです。家庭科教諭を志しております。

葛藤。葛藤。

とてつもなく有難いことに顔が自然な状態に戻ってきている今現在、脳内会議の議題の比重も顔の事から徐々に自分の将来の事へと移り変わっております。

 

これは本当に有難いことです。

 

よってさっきまで有難く悩みまくらさせてもらっておりました。

 

 

自分が本当にしたい事はなんだろう…。

 

自分が本当に行きたい大学はどこだろう…。

 

自分が本当に就きたいお仕事はなんだろう…。

 

自分がどうあれば本当の幸せを感じることが出来りのだろうか…。

 

 

今までその様な事について悩む事は有りませんでした。

 

だってそれはそれは確固たりすぎる「将来の夢」を持っていたからです。

 

家庭科の先生になりたかったのです。

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中学2年生の頃からでしたね。

 

その当時被服実習が行われていたのですが、5教科においてパッとしなかったのでちょっとでも得意な科目を作ろうとちょっとだけ自分なりに頑張ってみたのです。

 

幸運にもその姿を当時の家庭科の先生が見てくださって、決して上手に裁縫している訳ではなかったのですが、とても褒めてくださいました。

 

単純に嬉しかったのです。

 

その時から家庭科だけは頑張りましたね。

 

お陰で中2の2学期から中3終わりまでの家庭科の成績はずっお5でしたもの。

 

係活動でも決まって家庭科係に就いておりましたね。

 

それらのことあって家庭科においてはいつもクラスの中心にいた気が致します。

 

勝手にですがね。

 

しかしながら間違えなく家庭科はクラスに僕の居場所を作ってくれました。

 

その事とずっと先生への憧れがあった事が上手く組み合わさりまして、結果家庭科の先生になりたいと強く思う様になっていました。

 

 

あれから5年。

 

不登校になって引きこもって退学して入学して不登校になってバイトして顔壊してバイトして今に至る訳です。

 

絶望すべきなのですが、根がポジティブなのでしょうか。

 

 

「もう上昇しかできなくね。」

 

 

なんて思っちゃっているのです。

 

という訳で捨てるべき家庭科の先生への憧れが捨て切れないでいるのですね。

 

しかしながら良く考えたらそれは憧れでしかなかったのです。

 

本当に僕は料理が好きなのか。縫い物が好きなのか。

 

本当に僕は家庭科が好きなのか。

 

その事に気付いた瞬間葛藤の日々が始まりました。

 

まず考えた事が家庭科を捨てる事。

 

ゼロベースで考えるべきだとしたのです。

 

そこで次の学びたい事の候補として挙がったのが西洋美術史でした。

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前のブログにも書きましたが、現実逃避としてハマったものの一つです。

 

どうせ西洋美術史を学ぶのならばおしゃれな私立大学で学びたいなという思いがあり、そこで志望大学として候補に挙がった大学が関西学院大学だったりもしましたね。

 

しかし、その事はどうも現実味が薄い。

 

ならばと次に世界に、特にヨーロッパに、特にフランスに現実逃避としてハマってましたこともあり、国際文化を学びたいと思い立ちました。

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そこで志望校として候補に挙がった大学が、国際文化学部のあります西南学院大学だったり、フランスについて学べます学習院大学だったりしましたね。

 

あわよくばそこで地歴の教員免許なんかとっちゃって世界史の先生として教職も目指すこともできる。

 

西南学院大学については家から近いということもありまあまあ現実味がありました。(博多に住んでいる事がもうそろそろバレそう。)

 

しかしながらここでも脳裏では家庭科という言葉がよぎる…。

 

長崎大学で家庭科のお勉強してもうなっちゃえばいいやとやけくそになった時もありましたね。

 

 

あぁー。

 

 

なんかスッキリしない。

 

 

したい事が多いってとても幸せでとても辛い事だったのです。

 

そんな複雑な心情を有しながら情報収集情報収集の毎日。

 

そんな努力が功を奏したのか。

 

 

なんか解決したよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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